4児の母 育児奮闘記

26歳で4児の母 子育て奮闘記!

次女妊娠中

私が21歳の時
次女を授かりました。

それはそれは、1番悪阻が酷かった
旦那も出張多しで仕事も朝早く夜遅くだったので、
暫く私の祖父母の家にお世話になることに

車で移動中も、吐き気との戦い
止まっている間もずーっと吐いてばかり
飲み物も受け付けませんでした、
そんな日が4日程続いた時

手が震え出し、、、
「ん?これはいつか経験したことがあるぞ?」
と思ったのは、義父の葬儀の時の脱水になる前の症状と似てました、
なので急遽、祖父母の家の近くの病院へ、
色々検査をしてもった結果軽い脱水とケトン体が4ですって、
「うちの産婦人科だったら即入院のレベルなのですが、産院と相談してください」と言われて
その日は点滴だけをして帰宅

次の日産院に電話

「あー!うちの病院は、悪阻とかでは、入院はないからね、辛くなる前に点滴をしにおいで」って、、、

こんなにも病院で方針が違うのを
初めてしりました、。

また、明日続きを書こう!

最後まで読んでいただき幸せにおもいます!

ありがとう😊

私の一日

子どもが4人いる生活は
みんなが想像しているより
過酷じゃない気がする

子どもが2人しかいない時の
生活が1番過酷だったかもしれない、

長女が1番手をかけてしまったので
手が、かかって仕方がなかった
なにをするにも一人でできない、
次女がやっと寝てくれたと思ったら
長女が騒ぎ次女も起きる

あの頃は本当、
過酷だったなぁ、

今思えば
誰かに頼ってもよかったんだよなぁって思う、
一人で抱えて子育てしてる、ママは、まだ沢山いるんだよなぁ、
気軽に参加できる
コミュニティの場が少ないと
思ったなぁ

今、私の心の中はぐちゃぐちゃ

日々の子育てで、

両親の病のことなどで、

悲しむ余裕なんてない

気持ちの整理ができる時間がない

自分と向き合う時間もない

余裕ってなに?
どうやったら作れるの?

って、
考えていたら、
blogに書くと落ち着く事に気付いた

自分に向き合って
心の声を文字にする事

とても、安らぐ

今の気持ち

話がだいぶズレますが

今のこの気持ちを書き留めておきたく


私は今泣きながら書いています

私の母は、
今大腸ガンステージ4で
治療をしていました
頑張って抗がん剤を沢山しました
ですが癌が消える事はありませんでした
使える抗がん剤もなくなり
ターミナルに移行するとの事、

私は初めてその言葉を聞いて
戸惑いばかりで
え?
こんなに頑張ったのに?
薬がないからおしまい?
諦めなきゃいけないの?
母が死ぬわけないじゃん!
って



ステージ4と告げられたのは約2年前
こんな事が待ってるなんて
想像もしなかった、
必ず別れは、やって来ると
わかっていたものの
今の現状を、受け止めきれないでいる私

寝ても、母の夢
起きても母のこと
心がいっぱいいっぱい

母親の存在は偉大だなぁ

変わりゆく母の姿に
私は、耐えられるの?
どうやったら、、
また元に戻るの、


人生は残酷だ

今週のお題「夏休み」


私の幼少期の夏休みは、父の実家である

茨城によく行っていました

大自然に囲まれて過ごす夏

クーラーなんてなくっても
ゲームなんてしなくっても
沢山沢山楽しめたなぁ

そんな環境に触れ合えていたこと

本当に、ありがたく思う、
きっともう、父の運転で行くことは
できないけど

今度は私が運転して子供達を連れて行ってあげたいな!

お別れの日

その日は1000年に1度というくらいの
夏の暑さでした、、、
朝からバタバタで
私は、朝から食べ物が喉を通らず、
長女もその日は、朝からなんだか大人しかった

葬儀が終わり
帰りの車中
私の手足が震え始め

旦那の実家に
着く頃には震えが
やばいくらいに
お水も喉を通らず
そこから私の意識は飛びました、

気づいたらそこは病院の廊下のベッド

そう、私は熱中症と脱水症状になっていました

救急車に乗った記憶
どうやって担架に乗ったのか
全くないです、
熱中症って、本当に怖いって思いました、

葬儀って本当に、過酷
心も体もいっぱいいっぱいになる、


最後まで読んでくれてありがとう😊

また明日書きたいとおもいます。

最期の日

葬儀の日

 

私は、父方の祖父母と、叔父亡くなったのが

物心付いたころだったので

全てを鮮明に覚えています。

 

棺桶にご遺体を入れる時、

私は

1番人が亡くなったのを実感します

 

蓋を閉められ釘を家族が打たなければならないのは本当に、苦痛なことだと、私はおもいます

 

大好きな家族を、狭い箱に入れ最後には、

釘を打たなければならないなんて、

お葬式ってなんて苦痛なんだろうって思います

 

私の最期日は家族に笑っていて

ほしいって思います

思い出話や

馬鹿な話をして

最期は笑顔で見送って欲しいって

 

だって、これから

生きていく家族は最期の日を

思い出すだけで

苦しくなったり

悲しくなったりするから、

そんなのは嫌だなって思う

 

皆んなはどうなんだろう

 

話かなりそれちゃった笑笑

 

長くなったので明日書きます!

 

最後まで読んでくれてありがとう